沿革
沿革
1909–1945 京成電気軌道設立:路線拡張と事業の拡充
- 1909年6月
- 京成電気軌道(株)設立
- 1912年11月
- 押上~市川(現・江戸川)間、曲金(現・京成高砂)~ 柴又間開通
- 1914年8月
- 江戸川~市川(現・市川真間)間開通
- 1921年7月
- 船橋~千葉(現・千葉中央)間開通
- 1923年9月
- 関東大震災で全線運転休止となったが、7日後に全線復旧運転再開
- 1930年4月
- 成田花咲町(仮駅)~成田間開通(成田花咲町廃止)
- 1931年12月
- 日暮里~青砥間開通
- 1932年7月
- 乗合自動車事業の営業開始
- 1933年11月
- 不動産事業の営業開始
- 12月
- 日暮里~上野公園(現・京成上野)間開通
- 1938年4月
- 帝都タクシー(株)(現・帝都自動車交通(株))設立
1909年6月に京成電気軌道(現・京成電鉄)が誕生。東京と名刹新勝寺を擁する千葉県成田を結ぶ鉄道を徐々に伸ばします。1930年には成田駅が開業し、省線との旅客誘致合戦が繰り広げられました。1933年には日暮里~上野公園(現・京成上野)を開通させ、念願の都心乗り入れが実現しました。
また、新たな事業にも乗り出し、1932年に自動車事業を、1933年には土地分譲事業を開始しました。住宅地の開発や商業圏の形成にも寄与し、地域社会の骨格を築いた時代です。特に1930年代には本線整備が進み、鉄道を中心に街をつくるという京成グループの原型が形づくられました。
1945–1960 戦後復興と事業発展:公共交通の需要拡大
- 1945年6月
- 社名を京成電鉄(株)に変更
- 1946年10月
- 新京成電鉄(株)設立
- 1947年12月
- 新京成線、新津田沼~薬園台間開業
- 1949年5月
- 東京証券取引所上場
- 1951年5月
- 京成建設工業(株)(現・京成建設(株))設立
- 9月
- 沿線情報誌『京成文化』(現・京成らいん)創刊
- 1952年5月
- 特急「開運号」運転開始
- 1953年11月
- 新京成線、京成津田沼~前原間開業
- 1955年4月
- 新京成線全線開通
- 1959年5月
- 常総筑波鉄道(株)(現・関東鉄道(株))が関係会社となる
- 8月
- 鹿島参宮鉄道(株)(現・関東鉄道(株))が関係会社となる
戦後復興が始まり、鉄道事業では、戦争で受けた施設や路線の被害を復旧させるとともに、車両を整備・増強しました。自動車事業においては、米軍の車両払い下げを受けるなどして路線の復活に努めました。沿線では千葉県内で八千代台団地や、東京都内で青戸第一団地などが建設され、沿線人口も著しく増加しました。
好景気に沸く1950年代には、当社も次の事業体制の確立に向けて、輸送力増強とスピードアップのための工事や新造大型バスの投入、沿線開発と分譲地の販売、そして、都心乗り入れに積極的に取り組みました。移動にとどまらず「暮らしを支える」基盤として、多角化の萌芽が見られました。
1960–1978 高度成長と都市拡大: 日本初の地下鉄相互乗り入れと郊外開発
- 1960年4月
- 京成ストア第1号店として常盤平店開店
- 1960年7月
- (株)オリエンタルランド設立
- 1960年12月
- 都営地下鉄線に直通乗り入れ運転開始(押上~浅草橋間)
- 1965年6月
- 常総筑波鉄道(株)、鹿島参宮鉄道(株)を合併し、関東鉄道(株)となる
- 1968年6月
- 京成・都営地下鉄・京浜急行相互乗り入れ開始
- 1971年5月
- (株)志満津百貨店と資本提携、(株)京成志満津に社名変更(現・(株)水戸京成百貨店)
- 1971年7月
- 京成不動産(株)設立
- 1972年5月
- 北総開発鉄道(株)(現・北総鉄道(株))設立
- 1973年8月
- 京成ショッピングセンター開発(株)(現・(株)ユアエルム京成)設立
- 1973年12月
- 「スカイライナー」を京成上野~京成成田間で運転開始
1960年に日本初となる地下鉄との相互乗り入れを、都営地下鉄1号線(現・都営浅草線)の押上~浅草橋間で開始、1968年には京成・都営地下鉄・京浜急行の相互乗り入れが開始されました。また、百貨店やスーパーマーケットといった流通業、ロープウェイやホテルなどの観光・レジャー業への参入など、経営多角化を図りました。
しかし、1970年代に入ると本業である鉄道・自動車事業の不振が続き、本業の赤字は不動産業を含む副業で補填する状況が続きました。1975年2月の第1回緊急対策委員会の開催を皮切りに、経営再建に向けた取り組みが始まりました。
1978–1994 成田空港開港:成田空港線の開業と企業体質強化
- 1978年5月
- 成田空港開港、京成成田~成田空港(現・東成田)間開通
- 空港特急「スカイライナー」運転開始
- 1982年9月
- 宗吾車両基地竣工
- 1983年4月
- 東京ディズニーランド®開園
- 1985年3月
- 科学万博つくば’85に連節バス4両運行
- 1986年10月
- 青砥駅付近連続立体交差事業竣工
- 1988年4月
- 青砥電力指令所運用開始、変電所集中制御システム完成
- 1990年6月
- 2代目スカイライナー(AE100形)の営業運転を開始
- 1991年3月
- 成田空港ターミナルに直接乗り入れ開始
- 北総線第2期線(京成高砂~新鎌ヶ谷)開業、相互乗り入れ開始
- 1992年4月
- 千葉急行線(千葉中央~大森台間)との相互乗り入れ開始
- 1994年1月
- 「 企業理念」「行動指針」制定
- 4月
- 企業スローガン「いろんな笑顔を結びたい 京成電鉄」を制定
- 「公津の杜」街びらき
運輸業の不振に加え、過大な不動産投資、成田空港開港の遅れなどが原因となり、1978年3月期に無配となります。日本国内がバブル経済に一喜一憂する中、当社は経営再建から健全経営に向けて力を蓄える試練の時期となりました。そして、1990年3月期決算には、復配を果たしました。一方、成田空港は予定から6年ほど遅れた1978年に開港します。同時に成田空港(現・東成田)駅を開業させ、空港特急「スカイライナー」の運転を開始。1991年には成田空港旅客ターミナルへの直接乗り入れを果たしました。
また、「東京ディズニーランド®」への輸送や空港輸送などのバス路線網も拡充していきました。都市間移動から国際拠点連携へと視野を広げ、鉄道の競争力を磨く重要な基盤を築きました。
1994–2008 創立100周年:グループとしての総合力を強化
- 1995年4月
- 北総・公団線(千葉ニュータウン中央~印西牧の原開業)
- 及び千葉急行線(大森台~ちはら台開業)延伸
- 10月
- 全駅で終日禁煙実施(分煙58駅、全面禁煙6駅)
- 1997年6月
- 列車運行管理システム(TTC)全線稼働
- 1998年10月
- 千葉急行電鉄の営業を引き継ぐ
- 11月
- 京急線羽田空港駅開業。成田空港~羽田空港間直通列車運転開始
- 12月
- 連節バス運行開始
- 1999年5月
- (株)コミュニティー京成設立
- 2001年9月
- 東京ディズニーシー®開園
- 2003年10月
- バス事業分社化、京成バス(株)営業開始
- 2004年4月
- 京成グループ理念制定
- 2007年3月
- PASMOのサービス開始/京成カード発行
- 2008年3月
- PASMO電子マネーサービス開始
- 2009年3月
- 全64駅にAED(自動体外式除細動器)設置完了
21世紀、そして2009年の創立100周年に向けた企業基盤づくりを推進した時期。1994年に当社の「企業理念」「行動指針」、2004年には「京成グループ理念」を制定します。また、京成グループ一丸となって接遇マナー向上に努める「BMK推進運動」の開始や、京成グループマーク導入等、グループ経営推進体制を強化しました。
事業活動では、公津の杜の街びらきや一般路線バスとしては日本初となる連節バスの運行、マンション分譲の再開等、事業拡充に取り組みました。一方で、鉄道ダイヤ改正、バス事業の分社化、事業組織の改正など、経営の効率化へも着手しました。
単なる移動手段としての鉄道から、「暮らしに寄り添う」サービス型インフラへと変貌を遂げた時期です。
2009– 現在 地域と未来をつなぐ:持続可能な成長へ
- 2010年7月
- 成田スカイアクセス開業、3代目スカイライナー(AE形)運転開始
- 2012年7月
- 成田空港にLCCの就航が増加、
- 東京駅~成田空港を結ぶ格安高速バス「東京シャトル」が運行開始
- 2020年2月
- 京成バス等、日本最大のエアポートバス
- 「エアポートバス東京・成田」の運行を開始
- 2022年4月
- 東京証券取引所「プライム市場」へ移行
- 2022年9月
- 新京成電鉄(株)を完全子会社化
- 2023年2月
- 「京成グループCO₂排出量削減目標」を設定
- 4月
- CO₂排出量実質ゼロのスカイライナー運行開始
- 2024年9月
- 関東鉄道(株)を完全子会社化
- 2025年3月
- グループタクシー事業の再編
- 4月
- 新京成電鉄(株)を吸収合併
- 千葉県下のバス事業の再編
- 茨城県下のグループ事業を再編
2010年に成田スカイアクセスが開業し、3代目スカイライナー(AE 形)の運転を開始。都心と成田空港を最速36分で結びました。また、東京駅と成田空港を結ぶ格安高速バスも運行を開始し、鉄道・バス共に空港輸送の利用数は年々増加していましたが、2020年に新型コロナウイルス感染症が拡大。利用者数が激減します。環境の変化を受ける2022年に発表した長期経営計画「Dプラン」では、サステナブルな社会の実現に貢献することを謳いました。
2023年以降、訪日外国人数も空港発着の鉄道利用者数も回復してきています。日々の暮らしの中でのご利用や空港輸送などさまざまな需要を取り込み成長軌道へ回帰するとともに、サステナビリティに関する取り組みを推進します。
年譜
京成グループの歩みを年譜形式でご紹介いたします。(京成グループ要覧より抜粋)詳細は、PDFよりご確認いただけます。